石燈籠について

石燈籠は、すでに飛鳥時代に日本に伝わったとされていますが現在最古のものは、当麻寺金堂前に立つ奈良時代の物です。鎌倉時代頃から急速に増え、中世のものには優れたものが多いとされています。

八尾市内では、慶長9年(1604)に豊臣秀頼が寄進したとされる玉祖神社にある燈籠が有名であります。

許麻神社の石燈籠は、参道にある寛文5年(1665)の銘のあるもの2基と寛文7年(1667)の銘があるもの2基が古く、他に拝殿前の安永9年(1780)の御神灯が2基、厳島社に天和年間(1681~1684)の常夜灯が2基、社務所前の明治17年の金比羅燈籠が1基あります。 
また、境内には古そうな四角と六角の燈籠の台と笠の部材が遺されていて他にも燈籠があったと考えられます。

寛文5年と寛文7年の銘がある4基については、吉内弥九郎という人の寄進となっており、円柱形の竿と宝珠以外は前者が六角形、後者が四角形を呈しています。
  
吉内家は、久宝寺では安井家と並ぶ豪商で、江戸時代初期より安井氏とともに久宝寺の発展に関与したものと考えられています。寺内町の中では念仏寺と関わりが深く、許麻神社の整備にも尽力したことが伺えます。

これらの燈籠は今すぐ市指定文化財の候補物件とするには、他に古い燈籠もあり、歴史的な古さからも、美術的な意匠からも困難であるといわざるを得ませんが久宝寺の歴史を探る上で貴重な証拠物件の一つであり、遠い将来においては全く可能性がないとは言い切れません。
久宝寺の歴史が明らかになればその価値も定まっていくのではないでしょうか。

追記
参考    八尾市教区委員会よりの通知書